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新卒エンジニアお仕事日記

一人称は俺だけど女です

4日目

今日は本当の本当にとてもしんどかった。

発狂しそうだった。

 

昨日あれだけ疲れが溜まっていたのに、昨日は秋葉原に行って帰りが遅くなり、寝るのも深夜1時だった。

おかげで今日は本当に頭が働かなくって、「こんなことさえも理解出来ないのか」と

自分の状態に絶望した。

久しぶりに腕を切りたいと思ったし、早くこの場から逃げ出したいと思った。

変な汗がいっぱい出てきて、吐き気もした。

やっぱりちゃんと寝なきゃだめだと反省した。社会人には計画というものが大事だと痛感した。

そのへんは、大学生の頃は結構いい加減だった。たとえバイトが忙しくても、講義中寝れるし。

 

昨日物凄く疲れていたのに秋葉原に行ったのには理由がある。それだけ人との交流が欲しかったからだ。僕の職場は本当に会話が少ない。

 

今日、ずっと眠くて疲弊し精神も混乱に陥ったので、仕事中密かに泣いていた。

バレないように、額に手をあてて考え事をしているように振舞ったのだけど、ハラハラした。それほど今日は辛かった。

(今も疲れて頭痛がする)

 

こんなことで疲れていて、長く寝ないともたないなんて、実際開発をするようになって定時で帰れなくなった時、僕はどうなるんだろうと思った。

 

勉強会とか交流会で人と他愛のない会話をしたいし、漫画も描きたい。

でも仕事に多く時間をとられる。

 

僕は自分の将来が絶望的になった。

この職場にいれば、一日中ろくに人と会話せず、すり減って開発して、早く寝なきゃいけないからと、よそにいって交流することが平日は多分ほとんど無くなる。

漫画だって、平日は「1日1ページ」絶対描くようにしたいが、それだって怪しい。

いや、この「はてなブログ」と「漫画」は僕の生きている意味みたいなものなので、絶対に仕事を理由にしてやめたりはしないぞ。

そんなことが起こるんだったら、僕は仕事を辞めるか、あるいは、自殺するね。

だって、生きてる意味が無いから。

いや、僕は仕事を簡単に辞めたりしない。一度決めたことはやめないからだ。

だから、自殺かなあ。

 

・・・・

 

月、火、水、木曜日は早く家に帰って早く寝よう。

もし体力が余って勉強会みたいなのに行って人と会話するにしても、

職場か自宅の近場に限って、尚且つ、早めに退出しよう。

金曜日や土曜日は自由。日曜日は早く寝る。

金曜日や土曜日も、なるべく生活リズムを崩さないようにしよう。

眠くて仕事が捗らなくて自分に絶望したら、自殺念慮と架空の視線と架空の悪口が僕の胸の締め付けるからね。

秋葉原、なるべく週に一回は行こう。僕が前にここで紹介した、キャラ立ちしたお兄さんが面白いから。

 

勉強会だけど、また「女なら誰でもよく、相手の感情を理解する能力が著しく乏しいおっさん」がいたらどうしようと思う。

でも、あれは某PHP勉強会とかに限っての悪夢だと、僕は思いたい。

(あれは本当に悪夢だった。僕はそういうことには割と辛辣なので、塩対応した。キャバクラを経験すると、どうでもいい男と会話したくなくなるのである。たとえ僕がブスだろうがなんだろうが、それで賃金が発生していたのだから。キャバ嬢ほど(どうでもいい)男には素っ気ないのである。)

「女なら誰でもいい」雰囲気を出すのは本当に間違っているし、相手からすればそれはただの「迷惑」でしかない。

そして、一方的に話しかけられて困っている女性を何人か見たが、もっと塩対応しても大丈夫だ。相手が自分の感情を尊重していない場合、こちらも同じ対応をして距離をとるのは堂々とやっていいことなのだ。

 

・・・

 

ちなみに僕は今日職場で、仕事中精神的に辛かったのだが、

上司の声や動作音がするだけでも「あ、僕のこと無能って思ってるんだ」とビクビクしていた。しかし、帰り際に上司と会話したら、あっという間に僕はすぐ元気を取り戻した。やっぱり、会話が大事なのだと思う。

 

働くとしたら、やはり人間同士の絆が欲しい。ただ終始無言でいるのでは、知らず知らずのうちにどんどん病んでいく。

たとえば、同じチームのみんなのために、とか、この人が頑張っているから、とかそういう付随する動機が欲しい。

 

もちろん、人間関係があったらあったで、それが気に病む原因になることも多々あるだろう。

でも僕は「まったくなにもない」「終始無言」よりは、やっぱり人間関係はもっとあっていいと思う。現状が少なすぎるので・・・。

 

・・・

 

昼休憩のときに、「男性同士のカップルが、里親認定された」という大阪のニュースを見た。日本では珍しい。

「子どもの気持ちはどうでもいいのか」という批判もあったが、

それによって時に子どもがからかわれて傷ついたりすることがあっても、それは当然のことだ。

僕はこういうとき、人類の歩みとして考える。

たしかに、子どもは親のことで幼少期などにからかわれたりいじめられたりするかもしれない。

けれど、何事にも「先駆者」はそれだけの役割を背負うのだ。

同性カップルの里親がもっと当たり前になればよいとほとんどの人は思っているだろうし、僕も当然そう思う。大事なのは正しい愛情のかけ方なので、親の性別は関係無くてよい。

ただ、それを当たり前の世の中にするには、最初差別されたり非難されたり特別視されたりする、大変な役割を背負う人間が必要なのだ。

たしかに、この件にはそういったリスクがある。でも、誰かがそれを背負わない限り、自由は一向に訪れない。

 

あと・・・それもそうだが、逆にその子どもが将来その境遇をうまく活用して自分の名を売ったりするかもしれないし、その経験がきっかけで何か得られるものがあるはずだ。

それに、最近の人間は「同性愛」に寛容になってきている。

最近では、女子中学生同士のカップルは私の世代より珍しくない。

私の世代では、高校はともかく、中学の時はまだ「同性愛は恥ずかしい」とか「レズであることを誰にも言わない」みたいな風潮が根強かった。

けれど、最近では堂々と交際する同性愛中学生カップルが増えてきた。

 

小学生でも、ネット上で女同士で付き合っているケースがたくさんある。

僕の世代の「ハンカレ」「モバカノ」は、異性同士ばかりで、ネット上でも同性愛は特殊といった雰囲気があったが、今ではかなり普通だ。

だから、大人世代が思っているより、今の子ども世代はそういうのに寛容なので、

大人世代が危惧するほどではないだろうと僕は思っている。

 

・・・

 

話がそれた。でも、これは仕事の休憩時に凄く思ったことなので、書いておきたかった。誰かが他人より重い役割を背負わないと、自由はやってこない。ってことを書いておきたかった。

 

ああ、眠い・・・でもまだ書くぞ。

 

ちなみに僕が仕事終わった後、秋葉原とかに行くときも「社員カード」を首からぶらさげているのには、理由があります。

それはなんででしょう?

なんでかというと、この行動は「新小学1年生が嬉しくて新品のランドセルを不必要なのに長時間背負い続ける」現象の延長線上なので~す。

みんなは新社会人のとき、こういうことしなかったかな?

ずっとルンルンで社員証ぶらさげてるの、僕だけですか?

まあ、今日はつらくて泣いちゃったけどね・・・

今日は早く寝て、明日はちゃんと頭を働かせたい。

Web系の仕事に慣れたみんなからすれば、大したことない研修内容だけれど、

脳弱で情弱な僕からすると、今でも、じゅうぶん、頭脳労働なのだよ。

 

それでは、おやすみ。